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穴熊を左辺に構える中飛車戦法
「中飛車左穴熊」とは、穴熊を右辺ではなく左辺に構える中飛車戦法です(第1図)。
「左」を付けない「中飛車穴熊」の場合、昔からよく知られている、穴熊を右辺に構える中飛車戦法(参考1図。相手が居飛車であっても呼び方は「中飛車穴熊」)を指すので、これと区別するため中飛車「左」穴熊と呼ばれています。
また、居飛車(飛車が初期配置である2八にいること)ではないため、「居飛車穴熊」とは区別されています。
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三間飛車のみならず、すべての振り飛車の天敵、「居飛車穴熊」。玉を隅(1一)に移動し、周りを金銀で固める、最強かつ最恐の囲いです。一般に、△4四歩を突いた△4四歩型穴熊と、突かない△4三歩型穴熊の2種類に分けられます。
元々は東大将棋部の部員の発案と活躍がきっかけでその名が広まったため、「東大流左穴熊」とも呼ばれていましたが、プロ棋士が採用し始めてさまざまな工夫が加わったこともあり、今では「東大流」と呼ばれることは稀になりました。
飛車が中央にいるからこそ玉を左右どちらにも囲えるわけで、他の振り飛車にはできない、中飛車ならではの戦法と言えるでしょう。
今泉健司四段のプロ入りの原動力
奨励会を年齢制限で退会、アマ大会での活躍により三段リーグに編入するも規定の期間内に四段に昇段できずふたたび退会、そしてさらなるアマ大会での活躍によりプロ棋士編入試験を受けついにプロ入りした今泉健司四段ですが、アマ大会での活躍、およびプロ合格の原動力となったのがこの中飛車左穴熊でした。
例えば第2図は、2014年12月に行われたプロ棋士編入試験第4局、▲今泉健司アマ 対 △石井健太郎四段戦(肩書は当時)。
ここから▲2八飛!と振り戻すのが手損を気にしない柔軟な発想で、今では定跡化されています。以下、▲6八玉〜▲7八玉から左穴熊を目指す展開となりました。
実際には穴熊に組む前に後手・石井四段が仕掛けたため穴熊には囲い切れませんでしたが、この一局に勝利した今泉アマは見事編入試験に合格し、四段昇段を果たしました。
今泉四段は、アマチュア時代も含め3冊の中飛車左穴熊の戦術を解説した棋書を執筆しています。古いものから順に、「最強アマ直伝!勝てる将棋、勝てる戦法」、「プロ合格の原動力!今泉の勝てる中飛車」、「自由自在!中飛車の新常識」の3冊です。
三間飛車対策がきっかけで流行
対中飛車を除くどの振り飛車相手にも採用できる中飛車左穴熊ですが、流行のきっかけは対三間飛車ではないでしょうか。
初手▲5六歩からの中飛車に対し三間飛車が優秀とされ、三間飛車対策を模索していた中飛車党が目を付けたのが、この中飛車左穴熊でした。
また、3手目▲7五歩からの石田流が流行していた頃には、4手目△5四歩からの相振り飛車でも後手番中飛車左穴熊が採用されました(第3図)。
先手番中飛車左穴熊との違いは、三間飛車側が6筋の歩を突いていること(初手から▲7六歩△3四歩▲7五歩△5四歩▲6六歩△5二飛と進行するため)です。
中飛車左穴熊の特徴
中飛車左穴熊の特徴をひとことで表すと、以下の通りです。
POINT
5五の位をとった中飛車にしておくことで、相手からの仕掛けを封じながら安定して堅い穴熊に囲うことができる
▲5五歩により角道を遮断しているので、相手が角交換から暴れてくるのを防いでいる、ということです。
角道を遮断する手段として他に▲6六歩もありますが、6筋を突いてしまうと▲7八金型ではなく▲6七金型穴熊になりがちなので、堅い穴熊に組めません。
三間飛車側から見た中飛車左穴熊対策
それでは三間飛車側から見た中飛車左穴熊対策のポイントは何かと言うと、以下のいずれかの方針に沿って駒組みすることです。
POINT
- 堅さ負けしない堅陣に組む
- いつでも仕掛けられるようにしておく
中途半端は良くなく、例えば再掲載第1図は普段なかなか組めない石田流本組(△1三角+△3三桂型石田流)に組めて後手不満なしのようですが、実は作戦負けしています。
△4三銀が攻めにも受けにも中途半端で主張点がなく、後手から仕掛ける手段がありません。
対策1:堅さ負けしない堅陣に組む
「堅さ負けしない堅陣に組む」の代表格が、「ダイヤモンド美濃」(第4図)と「三間飛車穴熊」(第5図)です。
とりわけダイヤモンド美濃はプロ棋界で人気で、この戦術が優秀で中飛車左穴熊があまりパッとしない状況に追い込まれたため、穴熊に囲わない中飛車左玉(参考2図。elmo囲い+中飛車)が登場したりもしました。
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対策2:いつでも仕掛けられるようにしておく
これもある意味「堅さ負けしない」戦術とも言えるかもしれません。のんびりしているとガチガチの穴熊に囲われて堅さ負けしてしまうので、隙あらば仕掛けてしまおう、という戦術です。
代表的なのが△4四銀型に組む戦術(第6図)。
左銀を3三〜4四とスルスル上がっていき、相手が隙を見せれば△5四歩、△4五銀、△5五銀などから仕掛けることができる攻撃的な布陣です。
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2018年11月、▲Hefeweizen対△某六段戦より。初手から▲7六歩△3四歩▲7五歩△5四歩のところで、普通は▲6六歩のところ、Hefeweizenは▲6八飛。その後▲7八飛→▲7六飛と一手損して石田流に組みました。その結果、戦型は角道オープン石田流VS中飛車左穴熊に。
他にも△3四飛〜△7四飛から7六の歩を狙う戦術(第7図。藤森流パックンチョ戦法)や、△5四歩と突き返す戦術(第8図)があります。
先に説明した通り、もともと「▲5五歩で角道を遮断しているため相手からの仕掛けを封じながら安定して堅い穴熊に囲うことができる」というのが中飛車穴熊の強みでしたが、負けじと△5四歩と突く戦い方が広まってからは、その強みが弱まってしまったような気がします。
三間飛車側も瞬間的に怖い形ですが、陣形のバランスが良く角の打ち込みの隙が小さいのは三間飛車側です。後述の「藤森流中飛車左穴熊破り」を読んでおくと、事前知識の差で三間飛車側がかなり勝ちやすい戦術だと個人的に思います。
「藤森流中飛車左穴熊破り」が決定版
中飛車左穴熊対策を学べる棋書としては、とにかく「藤森流中飛車左穴熊破り」(藤森哲也五段 著)が決定版です。
上述のダイヤモンド美濃、相穴熊、△4四銀型、パックンチョ戦法、△5四歩突き返し型のほか、鬼殺し風藤森スペシャル、振り戻し型(陽動居飛車型)などなど、実に様々な戦術が解説されています。しかもどれも優秀です。棋風や好みにあわせて選んでみるのも楽しいのではないでしょうか。
向かい飛車対中飛車左穴熊、三間飛車対中飛車穴熊(「左」ではない普通の中飛車穴熊)なども載っています。
まだまだ可能性を秘めた中飛車穴熊
他の戦術とはやや異なる感覚で駒組みを進める、個性あふれる中飛車左穴熊。
ダイヤモンド美濃をはじめとした三間飛車側の対策の向上により、左穴熊に組んでも作戦勝ちとは言い切れない状況になり、中飛車左玉や通常の中飛車に流行が移りつつありますが、今泉四段が最新の著書で新たな中飛車左穴熊の構想を披露するなど、まだまだ可能性を秘めています。
不思議な駒組みに惑わされて作戦負けしないよう、三間飛車党は自分にあった中飛車左穴熊対策をしっかり用意しておきましょう。
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