手が滑ったかのような菅井新手
「うっかり三間飛車」とは、菅井竜也七段(当時)が2017年に披露した▲5六歩型(△5四歩型)の角道オープン三間飛車です。
第58期王位戦七番勝負、羽生善治王位 対 菅井七段戦で3局も現れたことで、一躍注目戦法となりました(第1局、第3局が後手番、第2局が先手番うっかり三間飛車)。
当時の棋譜と詳しい解説は、王位戦中継サイトで観ることができます(2018年8月時点)。
後手番(第1図)、先手番(第2図)の両方がありますが、実用性の高さや、「本当に成立しているの?」という意外性や衝撃度の高さから、後手番うっかり三間飛車の方が有名です。
△5二飛(▲5八飛)と飛車を回ればゴキゲン中飛車になるところを、手が滑ってしまったかのように△3二飛(▲7八飛)。うっかりミスではないか(そんなわけはないのですが)、ということから「うっかり三間飛車」と呼ばれるようになりました。
なお、△3三金型の角交換三間飛車については、以下の記事を参照ください。
定着した名称はいまだ無し
ただし、本当に定着した名称は2018年2月現在いまだ存在しておらず、「菅井流△5四歩型三間飛車」や「ゴキゲン三間飛車」などとも呼ばれています(将棋世界2017年12月号「最新定跡探査 振り飛車編 角頭歩戦法と菅井流ー時代を変える新構想」より)。
近藤正和六段が指し始めた5筋位取り中飛車は、すぐに「ゴキゲン中飛車」という名称が定着しましたが、その背景にはプロ棋戦でのゴキゲン中飛車の採用数が一気に増え、雑誌や新聞で記事にするにあたり統一した名称がすぐに求められたことがあったでしょう。
一方でうっかり三間飛車は採用数が伸びておらず、名称統一への動きが公には進んでいません。
ちなみに、菅井竜也王位本人はこの「うっかり三間飛車」という名称があまり気に入っていないようです。
菅井王位「この戦法まだ名前がないんで、みなさんぜひかっこいい名前を考えてください。ネットとかで見ると『うっかり三間飛車』とか呼ばれてるんですけど、うっかりはちょっと…」 pic.twitter.com/8VDdIaTydt
— ねこまど将棋教室 (@shogischool) 2018年1月5日
うっかり三間飛車の特徴
後手番うっかり三間飛車の第1号局は、2017年3月に行われた第43期棋王戦予選、小林裕士七段 対 菅井竜也七段戦。
先手番うっかり三間飛車の第1号局は、上で紹介した第58期王位戦七番勝負第2局でした。
より有名な後手番の局面を元にして、うっかり三間飛車の特徴を挙げると、以下の通りです。
- 角交換からの▲6五角打を防いでいる
- △4二銀型の角交換振り飛車に組める
角交換からの▲6五角打を防いでいる
この意味は、仮に第1図で▲2五歩△5四歩の交換が入っていないと、▲2二角成△同飛(△同銀でも同様)▲6五角(第3図)で4三と8三への角成が同時に受からないのに対し、△5四歩と突いてあれば▲4三角成がなく▲8三角成のみ受ければ間に合う、ということです。
▲5三角打については後述します。
△4二銀型の角交換振り飛車に組める
角交換四間飛車では、飛車が4二にいるため左銀を2二(または3二)に上がる必要がありました。そのあと、2筋を受けるためにほぼ必然的に△3三銀型に組むことになります。
一方でうっかり三間飛車では、飛車の位置が3二であるため△4二銀と上がることができます。△4二銀型のメリットとしては、以下が挙げられます。
- △5三銀と中央に使うことができる
- 角交換四間飛車と同様△3三銀型にも組める
- 銀がどかないと向かい飛車に振り直せない角交換四間飛車に対し、銀がどかなくても向飛車に振り直せるので、△4二銀型のまま銀の移動を保留できる
▲5三角打にも対応
うっかり三間飛車の序盤の心配事として、△5四歩と突いているため第1図以下▲2二角成△同飛(これが菅井流の極意)▲5三角打(第4図)があります。
これに対しては2017年7月に行われた順位戦B級1組、松尾歩七段 対 菅井七段戦で菅井七段が披露した逆棒銀(△4二銀〜△3三銀〜△4四角打〜△2四歩!)による見事な切り返しがあり、菅井七段が勝利しました。
詳しくは上述の将棋世界2017年12月号「最新定跡探査 振り飛車編 角頭歩戦法と菅井流」や、この講座をまとめた棋書「振り飛車はどこに行くのか?~プロが教える全振り飛車の定跡最先端~」(門倉啓太五段 著)を参照ください。
なお▲2二角成に対し△同銀として、▲5三角に対し△3五歩と石田流のように指してもいい勝負のようです。が、菅井流を目指すのであれば△2二同飛を選ぶべきでしょう。
▲2四歩にも対応
第1図以下いきなり▲2四歩と突く筋も見えます。
定跡講座などでも解説を見たことがなく、手元にあるコンピュータ将棋ソフト(elmo+やねうら王)を用いて検討してみたところ、第1図以下▲2四歩△同歩▲同飛には、△8八角成▲同銀△2二飛(第5図)が最善で互角とのこと。
以下▲2三歩には△5二飛が味が良いので、▲2二同飛成と取りますが、△同銀に①▲5三飛には△5二金左▲5四飛成△2七飛、②▲5三角には△4二金▲7五角成△4一玉?!などが一例です。後手としては手得が主張でしょうか。
なお第5図の局面はゴキゲン中飛車からでも合流できる局面ですが、ゴキゲン中飛車の場合は△2二飛よりも△3三角や△2二銀と上がる方が勝るとされ、定跡となっています。
翻って、本当に第5図で互角なのかは気がかりです。ソフトによる序盤戦の評価はまだ万全ではありません。この辺り、実戦では現れない変化の対策を解説した戦術書を、菅井王位に書いてほしいものです(その場合、4手目△3二飛戦法、うっかり三間飛車、阪田流三間飛車などをまとめた「菅井ノート 角交換振り飛車編」になるでしょうか。ものすごくマニアックな内容になりそうです)。
早い角交換から△4二銀
戻って第1図以下▲6八玉と上がる方がプロ好みの一着で、実戦例が豊富です。
ここからうっかり三間飛車では△8八角成▲同銀△4二銀(第6図)とさっさと角交換して銀を上がるのが定跡です。
第6図でも▲2四歩△同歩▲同飛が見えますが、これには△3三角▲2一飛成(玉が邪魔をして▲2八飛と引いても銀取りが受からない)△8八角成で後手優勢。△4二銀と上がっているおかげで▲5三桂を防いでいるのもポイントです。
第6図以下は△2二飛と回ってから玉を囲い、低い陣形を盛り上げながら仕掛けのチャンスをうかがいます。△3三桂+△5三銀の形が基本です。
菅井流三間飛車の極意を身に付けたい方に
角交換振り飛車のテクニックの粋を集め、ぎりぎりのところで主張を通して△4二銀型角交換振り飛車を成立させている、うっかりではないうっかり三間飛車。
初手から研究を重ね続ける菅井王位ならではの、究極の菅井流三間飛車と呼べるでしょう。
菅井流振り飛車の極意を身に付け、相手を自分の土俵に引きずり込んで自分のペースで戦いたい振り飛車党の方々にオススメの戦術です。
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