相振り飛車戦の「旧」定番の囲い
「金無双」とは、相振り飛車の戦いで主に採用される、金が横に2枚並ぶことが特徴の囲いです(第1図)。
「二枚金」とも呼ばれます。
昭和時代の相振り飛車戦では採用されることが多い囲いでしたが、2000年代に入ってからは他の囲いに、とりわけ美濃囲いに主役の座を奪われています。
- 名前、見た目とは裏腹に、意外ともろい
- 囲いの伸展性が乏しく、手詰まりになりやすい
- 美濃囲いの方が現代感覚の速攻に向いている
というのが主な理由です。
しかし、序盤の駆け引きの末金無双に囲うのが最前と考えられるケースがあることと、金無双を嫌わない棋士もいることから、消滅することはなく、令和時代に入っても使われ続けることでしょう。
コンパクトな低い陣形
第1図の通り、金無双は玉を3八、金2枚を4八、5八に並べます。また、右銀を通常2八に上がります。玉と金銀が横一直線に並んだ、コンパクトで低い陣形です。
さらには左銀を6八に上がることもあります。例えば第1図から▲7七角△同角成▲同桂△4二銀▲6八銀△3三桂(第2図)と進行するのが、相三間飛車から始まる向かい飛車振り直し型の定跡手順のひとつです。
手付かずの状態では、上部からの攻めに強い囲いです。低くコンパクトな陣形で、金銀(と玉)で3段目をブロックしています。
銀が2八にいるので、端攻めに強いというのも長所の1つです。
名前は最強クラスだが
「金無双」という呼び名はとても美しく、名付け親のネーミングセンスには脱帽です。しかし、名前からはとんでもなく堅い囲いのような印象を受けますが、そういうわけではありません。
ウサギの耳
低くコンパクトな陣形であることが金無双の長所のひとつですが、裏を返すと、金無双に対してはコンパクトな陣形を上ずらせるように攻めるのが有効です。最も有名なのは、「ウサギの耳」と呼ばれる金無双の弱点を攻めることで、すなわち4筋(後手の場合6筋)から嫌味を付ける継ぎ歩、垂れ歩の手筋が定番です(第3図)。
陣形を上ずらせるもっと過激な手筋もあります。例えば第4図。
金無双が手付かずでまだまだこれからのように見えますが、ここから▲8三飛成!(第5図)が強手一発。
△同銀は▲8二金、△同玉は▲8四歩△7二玉▲8二角成△同玉▲8三金△7一玉▲8二銀以下詰んでしまうので△6一玉しかありませんが、▲8二龍も詰めろで以下一手一手です。
他にも上部から攻める金無双崩しの手筋は数多くあります。金無双をはじめ、相振りでの美濃囲い、矢倉、穴熊崩しの手筋を学ぶには、下記の将棋世界付録(藤井聡太七段の師匠としてもおなじみの相振り飛車の大家・杉本昌隆八段 著)がお手頃でオススメです。しのぎの手筋も載っています。
壁銀
上記の他に、壁銀であることも大きな弱点のひとつです。すなわち、金無双では通常右銀が2八にいるため、玉が2筋方面に逃げることができません。そのため、側面からの攻めに弱いとされています。
終盤、玉の逃げ道を作るために泣く泣く▲3九銀と引いたり▲1七銀と上がったりすることもあります。序盤から▲2八銀と上がらなくて済むならそうしたいところですが、相手からの玉頭攻めに対抗するために上がらざるを得ないのが実状です。
最近の大舞台での実戦例の1つが、2018年2月に行われた第67期王将戦七番勝負第3局、▲久保利明王将 対 △豊島将之八段戦(段位はいずれも当時)。このシリーズは、振り飛車党の久保王将に対し、挑戦者の豊島八段が秘策として相振り飛車を多用したことでも話題となりました。
本局の終盤戦で、豊島八段は泣く泣く金無双の壁銀を解消するはめに。しかし形勢は好転せず、久保王将の勝ちとなりました。
伸展性が乏しい
以上のように、金無双はそれほど堅くないというのが通説になってきたうえ、進展性がない、というデメリットもクローズアップされるようになりました。金無双に組んだ後、2〜4筋のどれかの歩を突いて厚みを持たせていくこともできますが、それだったら最初から高美濃や矢倉を目指した方が自然です。
囲いが金無双のままの場合、厚みがないため玉頭から手を作っていくことができず、手詰まりになりやすくなります。
美濃囲いが主流に
金無双人気後退の原因の極め付けは、2010年代以降の「速攻重視」へのトレンドの変化でした。2019年現在、相居飛車戦でも堅さよりもバランス・速攻重視となっていますが、このトレンドの走りは相振り飛車と言ってよいでしょう。
このトレンドの中で、▲4八玉〜▲3八銀〜▲3九玉のわずか3手で玉頭の安定感を得られる(一段玉であることがポイント)美濃囲いがスターダムにのし上がりました。金無双だと▲4八玉〜▲3八玉〜▲4八金(または▲5八金左)の3手ではまだ玉頭の守備が心もとない感じです(玉が2段目に露出しているため)。
そして、美濃囲い+三間飛車(石田流)が堅守速攻に優れた布陣として相振り飛車戦で一番人気となりました(第8図)。6筋の歩を突いていないのが現代流です。
これを象徴しているのが、「必修!相振り戦の絶対手筋105」(杉本八段 著)です。
オビに書かれている
現代相振りのキーワードは、
三間・美濃・さばき、
そして端攻め!
が今も生きるトレンドです。
金無双は終わっていない
ここまで金無双をかなり批判し続けてしまいましたが、それでも金無双が消滅するわけではありません。
相振り飛車は序盤の形が多種多様で、その中で金無双がベストの選択と考えられているケースもあります。
もっとも有名なのは、相三間飛車戦で先手が早い段階で高美濃囲いを狙ってきたケースに対する阿部流です(第9図。阿部健治郎七段の新構想)。
また、金無双を好んで指している棋士もいるようで、とりわけ女流棋戦では、数多く見られる相振り飛車戦において金無双の出現率は高いといえます。
令和時代に入ってからも、金無双はプロの公式戦で一定数採用されることでしょう。
特徴を見極めて指すべき金無双
古くから相振り飛車戦での定番の囲いとして親しまれてきた金無双。
最近では主役の座を美濃囲いに譲りましたが、活躍の場はまだまだ残されています。
特徴を理解して、壁銀に泣く展開をうまく避けて指しこなせば、無双状態になれるかもしれません。
2020年8月追記:居飛車金無双急戦現る
2020年に入り、居飛車で金無双風に囲い、浮き飛車と組み合わせて戦う戦術(参考1図)がにわかに注目を集め始めています。
以前からコンピュータ将棋ソフトが採用しており、密かに知られている形ではありましたが、最近になってプロ公式戦で目立って現れるようになりました。
また、本戦術を解説した「AI時代の新手法!対振り飛車金無双急戦」(所司和晴七段 著)が2020年7月に発売されたことから、今後はより注目を集めていくかもしれません。
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