振り飛車を多用中の佐藤天彦九段
昨年(2020年)末あたりから2021年2月現在まで、佐藤天彦九段が振り飛車を多数採用して注目を集めています。
注目を集めるきっかけとなったのは、2020年10月29日に行われた第70期王将戦挑戦者決定リーグ戦、▲佐藤天彦九段 対 △藤井聡太二冠戦。先手番となった佐藤九段がゴキゲン中飛車を初めて採用しました。
この直前の2020年10年10月26日に行われた、同じく第70期王将戦挑戦者決定リーグ戦、▲藤井二冠 対 △永瀬拓也王座戦では永瀬王座が四間飛車を採用しており、すわ「藤井二冠対策で振り飛車が増えるのか?」と将棋ファンの間で一時話題になりました。
しかし実際には、振り飛車党が振り飛車で藤井二冠に挑むのは従来通りですが、居飛車党が振り飛車で藤井二冠に挑む流れにはいたっていません。
また、永瀬王座は上述の王座戦で勝利したものの、以降は対藤井二冠戦もそれ以外も居飛車採用に戻っています(2020年11月の第41回日本シリーズJTプロ公式戦決勝、▲豊島将之竜王戦では四間飛車を採用)。
その一方で、振り飛車を継続的に採用し続けているのが佐藤天彦九段です。
ゴキゲン中飛車と三間飛車を採用
現時点で佐藤天彦九段が採用しているのは、ゴキゲン中飛車(ノーマル中飛車の出だしの対局も)と三間飛車。今回私が調査対象とした将棋連盟ライブ中継アプリとNHK杯の対局で、上述の藤井二冠戦以降で中飛車と三間飛車(陽動三間飛車と相振り飛車を含む)を4局ずつ採用しています。
相手はトッププロが目立ち、結果としてはいずれも2勝2敗で、まずまずといえるでしょう。
なお、純粋振り飛車党相手には居飛車を採用しており、もともと対振り飛車で高い勝率を誇る佐藤九段にとっては自然な戦型選択です。対抗系になれば、居飛車・振り飛車双方が個性を発揮できます(後述の通り、振り飛車を採用することが目的というより個性や芸術性を出すことが佐藤九段の目的です)。
追記:ゴキゲン中飛車ふたたび
この記事をアップした2021年2月21日に放送された第70回NHK杯テレビ将棋トーナメント準々決勝、▲佐藤天彦九段 対 △木村一基九段戦にて、佐藤九段はゴキゲン中飛車を採用し、見事勝利しました。
ひとつ前の行方尚史九段戦でも先手中飛車を採用し勝利しています。これで準決勝進出です。
(追記ここまで)
佐藤天彦九段のインタビュー
戦型選択の変化、そして心境の変化について、佐藤天彦九段が答えているのが以下のインタビューです。
長文のインタビューで、とても面白いです。一部抜粋させていただきます。
ここ2、3年はAI研究に対してどういうアプローチで向かうか、ということに真正面からぶつかってきた時間だったと自分では思っていますけど、これからの1年は…もちろん気持ちは変わっていくのかなとは思うんですけど、ちょっとこれまでとは趣向を変えて、AIの評価値を重視して(自分自身の)可能性を狭めていくアプローチよりは、たとえAIには評価されなくても、いろんな可能性を拡げるアプローチでやっていきたいな、と思っています。
インタビューの後半、モーツァルトとベートーベンの作曲スタイルやその成果と絡めて将棋のスタイルを模索しているところが、佐藤九段らしく美しいと思います。
仮に、一手損角換わりよりも評価値が下がるような出だしからでも、みんなが聴いてすごいと思える曲を書けないだろうかと。もちろん、1人でできる作曲と、2人で勝負する将棋は別物ではあるんですけど、将棋に置き換えて、やっぱり対局するのは人間同士なので、ベートーヴェンのように個性を強く押し出した後にでも長い戦いは続いていきます。長く続いていくのに、評価値が下がっちゃうから『ジャジャジャジャーン』を対局前に諦めちゃうのか? というところの疑問を最近は感じているんです。
振り飛車以外の道も
現在の相居飛車系の将棋は、AIの示す定跡、というか互角局面にがんじがらめになっていて息苦しくなっているのは間違いありません。
ただ、糸谷哲郎八段や山崎隆之八段のように、相居飛車でも個性を発揮することは当然できます。
さらに振り飛車ならば、どの筋に振るのかに始まり、序盤からいろいろな個性を出すことができます。
今は三間飛車と中飛車で序盤から個性を出そうとしている佐藤天彦九段。今後は四間飛車や相居飛車で新たな挑戦が見られるかもしれません。応援していきたいと思います。
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