コンピュータ将棋ソフト発のエルモ囲い
2020年4月1日、第47回将棋大賞の各賞が発表され、エルモ囲い(参考1図)が升田幸三賞を受賞しました。
「エルモ囲い」は、コンピュータ将棋ソフトの「elmo」が2017年頃から好んで採用したことで、その名が付きました。
賞金は、elmoの開発者である滝沢誠氏に贈られました。おめでとうございます。
船囲いの発展形
「エルモ囲い」は、居飛車VS振り飛車の対抗形で居飛車側が採用する、船囲い(参考2図)から発展した囲いです。
6九の金を7九に寄っているのが最大の特徴で、玉だけでなく6八の銀との紐も付いており、金銀の連結が良く堅いとされています(再掲載第1図)。
2018年に大橋貴洸四段(当時)らプロ棋士が採用し好成績をあげたことで、普及していきました。
より詳しくは、以下の記事を参照ください。
盛り上がる居飛車VS振り飛車の対抗形
振り飛車側から見れば、盤上の戦いにおいて居飛車の新たな作戦に対する対抗策を練らねばならず苦慮することになっています。
が、将棋界を大局的に俯瞰して見ると、エルモ囲いに関する話題や興味の登場により盛り上がり、とても良かったのではないかと思います。
プロ棋界では
具体的には、2018年11月に行われた順位戦C級1組、▲増田康宏六段 対 △藤井聡太七段戦で藤井七段が、そして2019年1月に行われた第68期王将戦七番勝負第2局、▲久保利明王将 対 △渡辺明棋王戦(段位、肩書きは当時)で渡辺棋王がエルモ囲いを採用した際は、非常に盛り上がりました(いずれもエルモ囲い採用側が勝利)。
棋書・定跡書では
また、エルモ囲いに関連する棋書もすでにいくつか発売されました。
「対振り飛車の大革命 エルモ囲い急戦」(村田顕弘六段 著)はそのままズバリの棋書(対三間飛車と対四間飛車が解説されています)。
三間飛車専門書では、「必勝 三間飛車破り」(畠山鎮八段 著)は最も早く(2019年1月発売)エルモ囲い急戦を取り上げた棋書で、「さわやか流疾風三間飛車」(杉本和陽四段 著)はエルモ囲い対策が解説されている三間飛車党必携の棋書です。
AIで人間の発想の幅を広げて新しいものを生み出す
コンピュータ将棋発の囲いや戦法が升田幸三賞を受賞したことには、プロ棋士の間にも葛藤があったようです。
「"悔しい"を通り越して、寂しいとも思う」。考案した「飯島流引き角戦法」で09年度の升田賞を受けた飯島栄治七段はこう打ち明ける。「夢が無い話だが、人間だけで新戦法を生み出すのは、もう難しいかもしれない」
ただ、これは今年に限らず数年前から言われていたことで、第44回升田幸三賞を受賞した千田翔太七段の「対矢倉左美濃急戦」「角換わり腰掛け銀4二玉・6二金・8一飛型」もコンピュータ将棋ソフト発であり、それらをいち早く取り入れ結果を残した千田七段が代表して受賞した格好と言えます。
上の日経の記事の中で、羽生善治九段は次のコメントを残しています。
将棋のAIはいろんな選択肢、可能性を示してくれる。AIが出した答えを記憶して、という姿勢ではなく、AIで人間の発想の幅を広げて新しいものを生み出していく。それが一つの理想
ソフトによって示された、これまでに指されていなかった手や構想は、その成立性を人間が検証しブラッシュアップして、智慧として消化・吸収されたものであれば、人間の「新手」と定義して問題ないと私は考えています。
そして、いち早く取り入れた者かつ結果を残した者が栄誉を勝ち取るというのも、厳しいプロの世界では当然ともいえるでしょう。ソフトに教えてもらった手を生半可な知識で採用していては、そもそも勝てないので、評価もされません。
指され続けるエルモ囲い
話をエルモ囲いに戻すと、プロ棋界においてエルモ囲いの優秀性は認められているものの、やはり居飛車穴熊や左美濃のほうがより勝ちやすいとされているようで、それらの採用数のほうが相変わらず多い印象です(最近ではミレニアム囲いも増えてきました)。
しかし、この週末に入る前の4月3日にも、将棋連盟ライブ中継アプリで中継されていた第2期ヒューリック杯精麗戦、▲中村桃子女流初段 対 △石本さくら女流初段戦にて、後手の石本女流初段がエルモ囲いを採用(結果は勝ち)するなど、女流棋士や若手男性プロ棋士を中心に指され続けています。
エルモ囲い急戦を巡る攻防の戦術の発展にも、引き続き注目していきたいと思います。
コメント